過失運転致死罪から殺人罪へ

2019-05-31

過失運転致死罪から殺人罪へ

Aさん(45歳)は、埼玉県蕨市を通っている一般道において車を時速60メートルで運転していたところ、携帯電話に脇見をして前方を左から右へ横断中のVさん(78歳)に自車を衝突させてその場に転倒させてしまいました。
Aさんは、車が少し浮いたような感じだったことから「Vさんに乗り上げたかもしれない」とは思いましたが、「Vさんが死んでも、誰も見てないし見つかりはしない」と思い、車から降りてVさんの様子を確認することなくその場を後にしました(Vさんはその後死亡)。
そうしたところ、Aさんは、埼玉県蕨警察署過失運転致死罪で逮捕され、その後、殺人罪に切り替え起訴されてしまいました。
Aさんは「殺すつもりはなかった」などと話しています。
(フィクションです)

~ 過失運転致死罪と殺人罪 ~

まず始めに、過失運転致死罪殺人罪について簡単にご紹介いたします。

= 過失運転致死罪 =

過失運転致死罪は「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(以下、法律)」という法律の第5条に規定されています。

法律5条
自動車の運転上必要な注意義務を怠り、よって人を死傷させた者は、7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。
ただし、傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。

この条文の「必要な注意義務を怠り」という部分が「過失」にあたります。
自動車運転者としては、前方左右をよく確認しながら運転することが求められますから、今回のAさんは「携帯電話を脇見したこと」が「過失」に当たると判断され逮捕されてしまったのでしょう。

= 殺人罪 =

殺人罪は刑法199条に規定されています。

刑法199条
人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。

交通事故といえば、過失運転致死罪のほか過失運転致傷罪、危険運転致死傷罪などの罪名を思い浮かべる方も多い方とは思いますが、事案によっては刑法に規定されている罪名も適用されることは十分あり得ます。
今回はVさんが死亡しているので殺人罪で起訴されていますが、怪我など傷害を負わせた場合は「傷害罪(刑法204条)」、その結果、人を死亡させた場合は「傷害致死罪(刑法205条)」が適用されます。

~ なぜ、殺人罪?? ~

では、なぜ、Aさんは殺人罪で起訴されてしまったのでしょうか?
この点に関しては、過失運転致死罪は「過失犯」と殺人罪は「故意犯」という罪の性質の違いが大きく影響しています。
過失とは、不注意によって、結果(本件の場合、Vさんの「死」)発生に対する認識、認容しなかったこと、反対に、故意とは、結果(本件の場合、Vさんの「死」)発生に対する認識、認容があることをいいます。
殺人罪の場合、故意は殺意とも言われます。
したがって、過失運転致死罪殺人罪との分水嶺は「殺意」の有無にありそうです。

~ 殺意の認定は難しい ~

殺意とは,要は「人の内心」ですから,本人が語らなければ殺意があったかどうか認定することは難しくなります。
刑事実務では,加害者の供述のほかに、被害者の受傷の部位、受傷の程度、犯行道具の有無・内容、犯行態様、犯行に至るまでの経緯、犯行時の加害者の言動、犯行後の言動などの要素から殺意を認定するとしています。

しかし、交通事故に関しては、さらに認定が難しいと思われます。
なぜなら、交通事故の場合、「明らかに車を走らせる場所ではない場所で、特定人の歩行者めがけて車を走らせて衝突させ、歩行者を死亡させた」などという明らかに殺意が認められるケースは稀だからです。

~ 過失運転致死罪から殺人罪は稀 ~

したがって、過失運転致傷罪から殺人罪に切り替えられて起訴されるケースは極めて稀といっていいでしょう。
しかし、その可能性が全くないかといえばそうではありません。
交通事故の場合、事故現場にどういう痕跡が残されていたかも重要です。
例えば、事故現場にブレーキ痕が全く残っていなかったという場合は「殺意」有りとの認定に傾くでしょうし、反対に残っていた場合は「殺意」なしの認定に傾きます。

いずれにしても、過失運転致死罪の法定刑と殺人罪との法定刑とには大きな開きがありますから、殺意の認定には慎重な検討が求められます。

また、裁判でも明らかにしていく必要があるでしょう。

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